生と死

わい による 組長 への投稿 (組長)

わいや!

こないだ久々に象の背中の
旅立つ日】を有線かなんかで聴いた!

この歌はPVも好きやけど、歌詞が泣けるよな!

ある朝目覚めたら 神が待ってた
命に終りがくると そっと知らされた
どうして僕だけが 旅立つのか?
運命のさざ波に 声は届かない

一番近くの大事な人よ
しあわせだったか? それが気がかり

もしも僕がいなくなったら
最初の夜だけ泣いてくれ
君と僕が過ごした歳月を
思い出しながら見送って…

いつかは誰もみな 迎えが来ると
わかっていたはずなのに 他人事のようで…
夕陽がいつもより美しくて
知らぬ間に溢れ出す 感謝の気持ち

今まで一緒に歩いた人よ
残して行くこと 許して欲しい

君と会えて幸せだった
朝の空見上げ微笑んで
僕はきっと日差しになって
見守っているよ 君のこと

もしも僕がいなくなったら
最初の夜だけ泣いてくれ
君と僕が過ごした歳月を
思い出しながら見送って
思い出しながら見送って…

一番近くの大事な人、今のわいにとっては嫁さんがそう。

その嫁さんとどちらが先かは分からんけど、人間の死亡率は100%、いつかは必ず亡くなる日がくる。

独身のときには自分が死ぬことについては、みんなに繋いでもらった命を大事にすること以外は、そこまで深く考えたことは無かった。

結婚して、家族ができて、急に自分が死ぬのが怖くなることがある。

自分に万が一のことがあれば、そのとき大切な家族にどういう思いをさせることか、そう考えるだけで怖くなる。

輪廻転生とか、来世とかそういう目に見えないものはおいといて、今の人生は一度限り、リセットボタンも巻き戻しボタンもない1秒ずつの積み重ね。

様々な理由で自分で人生の停止ボタン押す人が日本では3万人もおるのは異常。

停止ボタンを押す人の気持ちはわからん、それを理解するのはきっと首に縄をかけるか、喉元に刃物を突きたてるか、高いところから飛び降りようとしてるときかな。

ガキのときはいっぺん死んで来いなんて平気で口にしてきたけど、いっぺんしか死なれへんことが分かる年頃にはその口数も減った。

一回死んだら二度と元に戻らへん、話もできん、ご飯も食べられへん、笑顔を見ることだって出来へん。

大事な存在がおるからこそ、死ぬことが怖くなる気持ちも大きくなる。

この歌を聴くと、生きることが出来る限りを生きようと改めて思います。

もし歌のような形になったとしても後悔のないように。

ほなまた!

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コメント
  1. こじき より:

    ええ歌やな!

    自分が死ぬときはまだまだ先やと思いたいね。
    まだまだ人生やりたいこといっぱいあるし!

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